健康と観光を組み合わせた新しいツーリズム


 SONPOひまわり生命調査によると、新型コロナ感染症の流行を機に健康意識の変化した人(68.5%)、新型コロナ感染症の流行を機に約4割の人が「生活習慣病」への意識するようになったが、行動の変化につなげられる層は少ない。3割以上の人が体重増加。という結果であった1)。この調査にもあるように健康に関する意識が大きく変化したが、行動の変化につながっていないとある。そこで、観光と健康の組み合わせが有効な課題可決策になるのか?を述べたい。

1. ウエルネスツーリズムとは

 ウエルネスという言葉をご存じでしょうか?Wellbeing(ウェルビーイング)と同義でも使われ、直訳すると「健康、幸福」である。この言葉はまだ日本には定着していないが、世界のマーケットでは10年前頃から注目され始め、今や約500兆円にまで急成長している。

 そこで、ウエルネスをツーリズムの視点からツーリズムとは何か、ウエルネスと旅行はどう結びつくのかについて述べる。

日本語の「観光」という言葉は、中国の古典『易経』にある「観國之光、利用賓于王」(国の光を観るは、もって王に賓たるによろし)を語源にしたものといわれ、観光は「国の光を観ること」を意味する。しかし、現在では、観光という言葉は、このような意味で用いられておらず、風物、名所や旧跡などを訪ねる行為であり、気晴らしや保養などを目的としたものになっている。

 日本語の「観光」は、英語ではtourism(ツーリズム)とされる場合が多い。ツーリズムとは、国際的動向を掌握するため、統計的に把握できるように、「継続して1年を超えない範囲で、レジャーやビジネスあるいはその他の目的で、日常の生活圏の外に旅行したり、また滞在したりする人々の活動を指し、訪問地で報酬を得る活動を行うことと関連しない諸活動」(UNWTO:United Nations World Tourism Organization:国際連合世界観光機関)と定義されている。ビジネス目的、帰省旅行や個人的所用のためのものも、訪問先で報酬を得ることが目的でないものならば、ツーリズムとされるものとなっている2)。

 ウエルネスツーリズムはヘルスツーリズムのサブカテゴリーであり、ヘルスツーリズムに含まれる観光とされている。疾病を予防するだけではなく、生きがいや生活の質の向上など、ヘルスプロモーションに力点が置かれている。ヘルスツーリズムという言葉が初めて公式に使われたのは、公的旅行機関国際同盟(International Union of Official Travel Organization=IUOTO)のレポートで 1973 年といわれている3)。 そこから約50年経過したが、わが国でヘルスツーリズムが着目されてきたのは近年のことである。

 ウエルネスツーリズムとは、「ヘルスツーリズムの推進に向けて:ヘルスツーリズムに関する調査報告書(社団法人日本観光協会)」によると、国内では概念・定義はないとしている。医科学的根拠にもとづく健康回復・維持・増進につながる温泉浴、健康増進プログラムなどの活動形態とする点では、「ヘルスツーリズム」と共通している。「ウエルネスツーリズム」は、たんに疾病を予防するだけではなく、生きがいや生活の質の向上など、ヘルスプロモーション(世界保健機関:「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」)に力点が置かれている概念であると考えられている4)。

 ヘルスよりウエルネスの方がより広範囲なものを含む概念ということができる。ウエルネスツーリズムの構成要素を、休暇中のヘルスケアや治療・回復、リラクゼーション、食事療法、運動、スキンケア・美容などがあげられる。

 ヨーロッパ諸国では、温泉・鉱泉が医療・療養目的で使われている。スパツーリズムや健康回復のためのツーリズムをメディカルツーリズムと捉えている。このような国々においては、スパ(「美と健康の維持・回復・増進を目的として、 温泉・水浴をベースに、くつろぎと癒しの環境と、様々な施設や 療法などを総合的に提供する施設」(ISPA:International Spa Associationの定義より)つまり温泉を求めてのツーリズムは、むしろ病気治療・療養のための旅行であり、病気予防を目的としたツーリズムはウエルネスツーリズムということができる。

 ヨーロッパにおいては、ウエルネスツーリズムはよく行われる旅行形態であり、スパはウエルネスの生き方を求める人々にとって、その実現をアシストするものと位置づけられている。そこで滞在するホテルにおいて、提供される個人のケアプログラムやリラクゼーションプログラムの質が重要になってきている。

 ヘルスツーリズムが医科学的な根拠を必要とするツーリズムと限定すれば、ヘルスツーリズムは、病気を治療する目的で他国に質の高い医療や高額な先端医療をより安い料金で受けるためのツーリズムという印象を与える可能性がある。ヘルスツーリズムは、メディカルツーリズムや、スパツーリズムを含めたウエルネスツーリズムから構成されることが、現代のツーリズムが持っている楽しさやリラクゼーション、学びといった側面も表現されるのではなかろうか。

2.近年のウエルネスツーリズムの動向

 世界中で“ウエルネス”が注目を浴びつつある。ツーリズム業界でも、世界で有名なホテルチエーンが新しいテーマとして“ウエルネス”を、ビジネスチャンスと捉えたプログラムの開発、サービスを提供しはじめている。

 Global Wellness Institute(2017)の調査によれば2015年のウエルネスツーリズムの世界市場は約61兆円、日本市場は約22兆円と見積もられている。さらに、同調査によると世界のウエルネスツーリズム市場は2015-2025年間に年率7.5%で増加すると予想している5)。

 しかしながら、2014年のグローバルスパ&ウエルネスサミットでの発表資料では、現在世界中で行われているウエルネスツーリズムの、およそ半分はスパツーリズムであると報告している。そのようなことから、ウエルネスツーリズムは、スパおよびスパツーリズムを理解することから始まる。世界のウエルネスツーリズム市場、わが国の市場でも大部分が温泉、スパ市場であるということには注意が必要である。

 ウエルネスツーリズムは、健康の維持や病気の予防、リハビリテーションなどの面での利用が期待されており、利用の仕方次第では、医療費の削減の可能性を秘めている。実際に、ドイツでは、自然や森林を利用したセラピー活動が健康保険の対象になるなど、医療の一形態に位置づけられている。諸外国を見渡せばウエルネスツーリズム先進国はすでに存在し、日本でもこの分野が認められつつある。日本では健康保険の適用にはならないが、様々なエビデンス(科学的根拠)を積み上げていくことにより、予防を中心としたウエルネスツーリズム先進国が実現できると思われる。

 最近では、日本でもウエルネスツーリズム先進地と企業が提携して、企業・健康保険組合等が取り組む様々な事業を、従業員・組合員の心と身体の健康づくりに活用するケースが出てきている。しかし、メタボリックシンドローム予防やメンタルヘルスケア(厚生労働省「労働者の心の健康保持増進のための指針」)は、医療・保健要素が強くなると、従業員・組合員は自主的に参加しにくい、という声も少なくない。

 その中で、ウエルネスツーリズムは、誰でも気軽に楽しみながら、リフレッシュや癒しという「心の健康づくり」、あるいはフィットネス等の運動や食事等の生活リズムの改善といった「身体の健康づくり」のプログラムを、新しいアプローチから提供することが期待されている。

 ドイツでは、100年以上にわたる経験則の集積から、効果的な自然療法プログラム(森林浴含む)がすでに用意され、専門の資格をもった医師や療法士が全国374におよぶ保養地で治療に当たっており、この療法には健康保険が最長13日まで適用されている。ドイツ人にとっては、保養地でそういった自然療法を受けることは、権利として定着しているようだ。

 世界有数の森林国日本においても、このように自然資源をセラピーに活用していくことは、高齢者の健康維持・増進やリハビリテーションにとどまらず、ストレスを抱える多くの人たちへの癒しにもつながる可能性がある。

3.ウエルネスツーリズムにおける「温泉湯治」の位置づけ

 わが国は、四季折々の美しい自然と情緒に溢れ、四方を海で囲まれ、温泉も2983ヶ所(環境省:2018年)と世界有数の温泉資源を有している。日本では温泉のことを英語で表記する場合“Hot Spring”や“Spa”と表されるが6)、「温泉」が単なる日本語ではなく、食文化を楽しみ、地域を称揚する日本人ならではのツーリズムとして「ONSEN」という国際語にしようという動きもある。

 スパは、これまで「温泉での病気治療」というイメージであったが、近年は「温浴・水浴療法を軸に、伝統療法を総合的に行う施設とサービス」と位置付けられるようになってきている。現在、日本のスパ・温浴施設に導入されているプログラムは主にアーユルヴェーダや欧米・欧州のセラピーが浸透し、日本の伝統・薬草が活かされていない。海外の伝統療法的アプローチをそのまま運用するのではなく、日本の風土にあった日本版スパを確立することが必要である。

 最近では、里山で育つ「実生ゆず」の果実抽出物の有効性を実証し、日本のスパへの導入を目的とした「和製ゆず養生SPAプログラム」も開発されている7)。

 これからの温泉地などでの香りによるアロマテラピー・食養生・ボディケアへの活用が期待されている。

4.ウエルネスツーリズムの世界と日本の歴史 

 古代ギリシャ時代に「生命の泉」周辺には神殿が作られ、僧侶による治療が行われていた。古来、人は地上に湧き出る(温)泉を天与(神)の恵み、賜とみなし、崇めていた。洋の東西を問わず、古代・中世を通じて、温泉の湧き出る場所(温泉地)は、人々を癒す場、争い事をおこしてはいけないアジール(避難所。平和領域)とみなされていた。近世ヨーロッパ18世紀半ばの戦争時に交戦国が協定して、温泉地を中立地帯と宣言していた。その後、衰退した保養であるが、17世紀後半、医学の発達とともに、温泉や海という自然資源がもつ医学的な効果が科学的に証明されることにより復活し、中世以降のヨーロッパではドイツのバーデンバーデンや、フランスの地中海沿岸部では、日本における温泉浴と同様、海水を浴びることは健康に良いという(海水浴療法)信仰のようなものがあり、保養客が多く押しかけ、高級保養地への滞在スタイルとして発展してきた。

 また、聖地を目指す「巡礼」もウエルネスツーリズムの起源のひとつといえる。巡礼は世界各地にみられる宗教的行動で、聖なるものに接近し、癒しを得るものである。交通が発達していない古代では、数年をかけて聖地を目指す旅であった。キリスト教の聖地であるバチカン、エルサレム、サンティアゴ・デ・コンポステーラヘの巡礼、イスラム教ではメッカヘの巡礼などが有名である。

 わが国でも、お伊勢参り、熊野詣、四国八十八ヶ所の遍路の旅など、由緒ある神社や聖なる地を巡る旅が知られている。江戸時代に、農民・漁民が農・漁閑期を利用して「湯治」をする習慣があり、温泉地に長期間滞在して、日ごろの疲れやストレスをとると同時に、心身の健康度を高め次の仕事へ充電をしていた。第二次大戦後の温泉利用の傾向は、まず個人での楽しみや保養より、団体バスを連ねて集団旅行をする時期があり、高度成長期からバブル期にかけての遊興宴会型騒ぎの時期を経て、最近では休養や保養、健康づくり志向が高まりつつある。

 2014年の「旅行年鑑」で、観光地はどこに行きたいかのアンケート調査では、温泉旅行が圧倒的であった。テレビで朝から夜遅くまで温泉にまつわる番組がいろいろな角度から取り上げられているのもその影響かもしれない。江戸時代、旅の目的を「楽しみのため」としたものは認められていなかった。現在のように誰でも自由に旅行が出来る時代ではなく、各地に関所が置かれて「通行手形」がなければ、関所を越えることが出来ない世の中であった。将軍や大名などの湯治が盛んだった一方で、一般庶民も温泉を利用していた。農民や町民など庶民の場合は、湯治願いを出して許可を受けて湯治を実施したようである。一般的に湯治は3週間程滞在し、温泉浴によって自然治癒力(注1)を高め、病を克服する人びとや、積極的に体温を上げ、予防医学に励む人びとも多くいた。また、温泉地での保養にはウォーキングがつきものであった。この時代には医療と信仰を目的とする旅については制限することができなかったようである。この医療を目的とする旅が「湯治」であり、休養目的の温泉利用は現代の観光行動にも引き継がれている8)。

注1)“自然治癒力”とは、人間がもともともっている「自分自身を治そうとする力」「体内の秩序が乱れたときに、自ら秩序をつくり出し、元の状態に戻ろうとする能力」

5.日本におけるウエルネスツーリズムの事例

 ここでは、国内におけるウエルネスツーリズムの事例を紹介する。

(1)三重県美杉町「里山を歩くウエルネスウォーキング」

 〜日本の原風景の丹生俣を歩く〜美杉町は、森林セラピー基地になり10年になる。

 エアソファを使った森の中での瞑想や八手俣川上流の清流にゆっくり足をつける時間など、季節ならではのプログラムでリラックスできる。

 民泊の「里山ウエルネス・ラボ慈雲庵」に宿泊し、東屋羊羹店、温泉、ジビエ料理など楽しめる。

 JR比津駅から出発し、深い山里をノルディックポールで登山する。急峻な霧山登山口を前に、ちょっと尻込みもするが、霧山城址山頂まで一気に登れる。頂上では美味しいセラピー弁当(天ぷらや手巻き寿司にしたこんにゃく料理)を食べ、清々しい場所での瞑想が一気に気持ちよくなる。山頂でエアソファをつくり、横になっての瞑想はとても気持ちよく、プログラム終了後も「まだ動きたくない」と感じるほどである。

 木の根が複雑に張り巡らされた、下り坂の「脳トレ」、北畠神社の手水舎での潔や参拝や、大名庭園見学など、美しい自然の「風景」、地元の「歴史」「文化」も触れ合える。

霧山城址山頂エアソファでリラックス

(2)KOBE森林植物園ウエルネスウォーキング

 2013年に六甲山に健康保養地をつくることを目的に立ち上げられた「六甲健康保養地研究会」が、2015年5月から神戸市森林植物園の協力を得て、月に1回のペースでウエルネスウォーキングを開催している。六甲山を健康保養地として活用していくためには、健康保養地として認知されるだけでなく、その内容にふさわしいプログラムや設備、運営組織、人材が必要である。それらを統括して運営していくための組織、それを担うための専門知識を備えた人材をどのように養成するか研究をしている。そのプログラムのひとつがウエルネスウォーキングである。

 ウエルネスウォーキングとは、ウエルネス理論に基づいたプログラムで、ノルデイックウォーキングや健康ウォーキング、まち歩きなどの要素を取り入れた新しいウォーキングスタイルである。毎回オリエンテーションで動議付けを行い、ウォーキングの健康効果を血圧などの指標で「見える化」しているのが特徴である。

 2015年8月には、「ウエルネスウォーキングリーダー養成講座」を実施した。兵庫県以外からも参加があり、「日本ウエルネスウォーキング協会」を設立するきっかけとなった。

 日本ウエルネスウォーキング協会は、ウエルネスウォーキングの普及や指導者養成及びコースづくりのアドバイスを行うために2016年3月に設立された。養成講座に参加し認定されたリーダーが、その地域のウォーキングコースを開発し、案内をしている。コースつくりのポイントとは、そこに住んでいる人との暮らしぶりやその町に反映されている地域の歴史を直接体験することも意識している。人びとの季節の食材や暑さ寒さを防ぐ工夫、受け継がれてきた独特の風習などをじっくりと見聞することである。

 組織は、兵庫県は「六甲健康保養地研究会」、岩手県は「もりおかタニタ食堂」が開催している。2018年から奈良県、三重県、鳥取県でも事業がスタートしている。

 これからは、開催している地域の人々が他の地域へ出かけて交流を図り、交流人口が拡大してその地域が活性化し、健康寿命延伸に寄与できることを期待している。

森のベッドで横臥療法を楽しむ様子

(3)神戸ポートピアホテルウエルネスウォーキング

 神戸ポートアイランドにある神戸ポートピアホテルは、「朝の森林浴散歩」を2014年7月以来、毎月第1水曜日の早朝に無料で実施してきた。そのことがきっかけで、「六甲健康保養地研究会」が協力し、「ガストロノミーウエルネスウォーキング」プログラムを開発した。ポートアイランドが埋め立てられ40年近く経つとホテルの南に位置する「南公園」などは、その当時に植林された木々が森を形成し、森林浴も楽しめるようになっている。

 このウォーキングは、ホテルの宿泊客が神戸の滞在時間を増やすねらいで、スタート時間を遅くしている。また、それぞれのレストランが疲労回復を意識した「ウエルネスランチ」が提供される。

(4)福寿ウエルネスウォーキング

 日本有数の酒どころ「灘五郷」の中にあり、ノーベル賞の晩餐会で提供されている「福寿」は「六甲健康保養地研究会」が協力し、「ガストロノミーウエルネスウォーキング」プログラムを開発した。近年、日本酒全体の国内出荷量が減少傾向で、消費者の志向が量から質へと変化してきている。そこで、日本酒を楽しむ機会と灘五郷を知っていただきたいという思いで、神戸灘の酒蔵や近隣の酒蔵を巡り、ウォーキング後は「蔵の料亭さかばやし」で地元の旬菜をはじめ、こだわりの自家製豆富や蕎麦とともに蔵でしか味わえない原酒を楽しむものである。食事後は蔵見学とセミナーで知的好奇心の満足を得るという、Wellnessを意識したプログラムである8)。

(5)神戸ワイナリーウエルネスウォーキング

 神戸市西区にある神戸ワイナリーは、「六甲健康保養地研究会」が協力し、「ガストロノミーウエルネスウォーキング」プログラムを開発した。1984年設立され年間400トン(通常の瓶サイズで約40万本)にもおよぶ良質ワインを生産・出荷し、ジャパンワインチャレンジ2014金賞・ベストバリューアワードW受賞、サクラアワード2017金賞、2019年のG20にも提供されるなど魅力的なワインを楽しめる。しかしながら、神戸ワインは、市民にとって近い存在でない。そこで、神戸ワインを楽しんでいただけるように、ワイナリーを巡り、ウォーキング後は「KOBE WINERY BBQ & RESTRANT KOBE WEST」で地元の旬菜をはじめ、こだわりの料理とともに蔵でしか味わえないワインを楽しむものである。

(6)神戸みなと温泉蓮ウエルネスウォーキング

 神戸港にある厚生労働省認定の健康増進施設「神戸みなと温泉 蓮」は「六甲健康保養地研究会」が協力し、ドイツの自然療法を活用した「タラソテラピーウエルネスウォーキング」プログラムを開発した。神戸港を眺めながら行うウエルネスウォーキングプログラムは、2017年9月9日から毎月開催している。神戸港を巡り海洋ミネラルをたっぷりと浴びるウォーキングと、塩化ナトリウム(食塩)、炭酸水素ナトリウム(重曹)を多く含んだ「神戸みなと温泉 蓮」に浸かるものである。

 そこに、勝海舟により開設された「海軍操練所跡碑」や異国の商館、邸宅が並んだ「旧居留地」など開港当時の異国情緒に触れながらのウォーキングである。

 これらのように地域資源を有効活用した神戸での事例は、運動をする時間の確保にハードルが高い方でも、楽しく参加出来るものではないか。このような地域を巻き込んだ取り組みが参加者を飽きさせない重要な要素である。さらに、神戸市が市民を対象に運営する健康アプリ「MY CONDITION KOBE」のポイント対象のイベントにもなっており楽しみも一層増している。

6.ウエルネスツーリズムにおける「食」の役割


 2013年12月に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、日本の食への関心は国内に留まらず海外からも高まり、世界の注目を集めている。特に、発酵技術は海外の一流シェフ達に高く評価されて、独自の伝統文化を醸成してきた。

 欧米では“食”をテーマに観光客を誘致するガストロノミーツーリズムが注目されている。

 ガストロノミーツーリズムとは、その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって生まれた食を楽しみ、その土地の食文化に触れることを目的としている。単に料理やその飲食経験にとどまらず、食材生産の場も対象とする幅広い観光であることから、特に地方の農山漁村の活性化にとっても重要な役割を果たすと注目されている。とくにフランスアルザス地方では、6月から9月の週末には、ワイナリーを巡るガストロミーウォーキングが開催され賑わいを見せている。このように、食の現場を健康的な運動と結びつけた観光が活発に展開されている。このような観光はガストロノミーにとどまらず、より幅広いウエルネスの概念から理解されると考える。また、ウォーキングによって「点」から「面」の観光が可能となることから、コミュニティとしての取り組みや景観保全も含む総合的な地域づくりとして日本の農山村でも応用しうると考えられる。

(1)ONSEN・ガストロノミーウォーキング

 日本でも「ガストロノミーツーリズム」が広がりを見せている。2016年10月には一般社団法人ONSEN・ガストロノミーツーリズム推進機構が設立され、普及に向けた体制が整った。

 ガストロノミーツーリズムは地域に根ざした色や自然、歴史などの魅力に触れることを目的とした旅のスタイルである。これに「温泉」をプラスした新しい体験が「ONSEN・ガストロノミーツーリズム」である。

 同機構は「ONSEN」としたのは海外からの観光客にも温泉の魅力を広く発信していきたいという思いから。「温泉」を単なる日本語ではなく、食文化を楽しみ、地域を称揚するヘルスツーリズムとして「ONSEN」が国際語になるようにという願いを込めている。

 同機構は2016年11月に、大分県別府市の海岸沿いで世界初となるONSEN・ガストロノミーウォーキングを実施し、約300人の参加者が別府の自然や名産、温泉を満喫した。2019年1年間では全国50カ所で実施され、約15000人が参加した。2020年2月には海外初の台湾で開催されている。 

 そこで、筆者は2019年9月29日(日)に行われた「ONSEN・ガストロノミーウォーキングIN湯梨浜町・はわい温泉東郷温泉」に参加した。参加者は約300人。最初のポイントは、「東郷湖産鬼蜆(おにしじみ)のお吸い物」。日本一の大きさといわれる東郷湖産のシジミのうち、特に大粒のものを厳選した鬼蜆(おにしじみ)を楽しみ。次のポイントでは、「貝殻フィッシュバーガー」が提供された。湖畔を楽しみながら歩いていくと、ウォーキングカフェ「cafe ippo」が見えてきた。ここでは、ハワイ語で「マヒマヒ」と呼ばれる、地元産のシイラの身をフライにして貝殻模様のバンズで挟んだオリジナルバーガーである。鳥取バーガーフェスタでパフォーマンス賞を受賞している。次に、いま日本で一番肉質が良いと言われる「鳥取和牛串焼き」が振舞われた。鳥取和牛は2017年に開かれた「第11回全国和牛能力共進会」で肉質1位を獲得している。田園風景のポイントでは「とっとりウェルカニ」鳥取を代表する味覚、ベニズワイガニを、もっとも味を堪能できる茹で加減で提供された。最後の仕上げは「鳥取牛骨ラーメン」である。「牛骨(ぎゅうこつ)ラーメン」とは、読んで字のごとく<牛骨でスープをとったラーメン>のことである。スープは少し甘めでコクがあり、まろやかな味わいが特徴で、鳥取中部のソウルフードとして親しまれている。このように地元の特産品、B級グルメや地酒、ワインなどに触れながらの8.9kmのウォーキングである。歩いた後の、かいた汗は、はわい温泉・東郷温泉でさっぱり流し終了といったものである。

 同機構の調査によると、「コース満足度98%」が満足という結果となり、最優秀賞を受賞している。

7.これからのウエルネスツーリズム

 ドイツをはじめとした欧米諸国では、自然療法が盛んに行われている。各地には保養のための施設があり、行政や研究機関による協力体制も整えられている。また、自然療法に保険が適用されるなどの法的な支援もあることで、人々が自然療法に親しみやすい環境となりつつある。

 日本では、まだドイツのように本格的な中長期滞在ができる状況ではないものの、かみのやま温泉クアオルト健康ウォーキングなど、健闘している地域もある。このようなウォーキングは、単に旅行中の健康効果(医学的、生理学的、心理学的等)だけに着目するのではなく、ウエルネスツーリズム推進の観点から旅行をきっかけに健康を意識するなど、生活の質の向上を図るための手段としても注目すべきであろう。

 また、スマートフォンが普及し、1人1台情報通信端末を持っているといっても過言でない時代になり、「ウェアラブルデバイス」が注目を浴びている。

 神戸市が市民を対象に運営する健康サービス「MY CONDITION KOBE」は、健康診断の結果、お薬手帳や身体測定といった健康情報、歩数や食事などの生活情報をデータベース化し、専用のアプリを使って、いつでも正確な健康情報を確認することができる。アプリでは一人ひとりのデータに合わせた保健指導を受けられたり、特典と交換可能な健康ポイントがもらえたりするなど、うれしいサービスもいろいろある。ウエルネスの活動で行動変容を促すために、この分野も欠かせない要素ではないか。

 これからの時代は、仕事、家庭に加え、もうひとつの第三のコミュニティをどう創るかが、人生の重要なテーマになると考えている。ウエルネスツーリズをはじめとして、その期待に応えるサービスは近い将来に大きな産業に成長する可能性がある。そして、ウエルネスウォーキングで明らかなように、健康効果だけに着目するのではなく、地域の資源としての自然や歴史や文化、食も含めてプランを組み立てることで魅力も増し、きっとビジネスとしての可能性も広がると思われる。

参考文献

1) SONPOひまわり生命「Withh/Afterコロナの健康と保険に関する意識調査」(2020.6.2)

2) 大橋昭一・橋本和也・遠藤英樹編:観光学ガイドブック,p2-3,ナカシヤ出版,2014

3) 羽生政宗:ヘルスツーリズム概論, p40,日本評論社,2011

4) 社団法人日本観光協会:ヘルスツーリズムの推進に向けて:ヘルスツーリズムに関する報告書,18,2007

5) Global Wellness Institute、“Global Wellness Economy Monitor-January 2017”

6) 光武幸:ウエルネスツーリズムー健康と美を求めての現代的観光,p16,創風社,2010 

7) 岡山栄子:日本古来の原種「実生ゆず」コスメ原料として優位性,FRAGRANCE JOURNAL,7:35-38,2019

8) 西村典芳:ヘルスツーリズムによる地方創生, p23-31,カナリアコミュニケーションズ,2016

9) 森本兼久・阿岸佑幸編:温泉と健康, p163-174,大修館書店,2019